2016年9月18日日曜日

伊豆出張

8月末から9月末にかけて、もともと北海道の予定だったが伊豆に変更になった。

伊豆半島最南端、石廊崎。






強風でも雨天でも、作業はできない。
そもそも風車は風が強い場所に建てられている上、台風の季節なので、全然仕事が進まない。

自転車も乗っていないので、運動不足。
だいぶ太ったっぽいし、ニキビまでできた。

強風の日、西伊豆をドライブ。


21歳の時だったかな、自転車で伊豆半島を一周した。
その時通った道のはずだが、さすがにあまり記憶に残っていない。



伊豆は東より西の方が良かったというのはおぼえてる。



天気が良くて仕事ができた日は、やはり最高の眺め。
点検、補修している間は風車のブレードにへばりついているのだが、ブレードの先端から地面に着地するまではロープで宙ぶらりんになって下降していく、この瞬間がたまらなく好きだ。
ヘルメットにGoProでも付けてこの眺めを動画で撮りたいぐらいだ。

古いビジネス旅館みたいな宿に滞在。


十畳一間を悠々と独占。
シェアハウスの穴ぐらの何倍の広さだろうか。
大の字になって寝れるし、他に宿泊客も少ない。

別の風車現場でトラブルがあったとのことで、急遽2泊3日、愛知県田原市まで行ってきた。


こっちはこぎれいなビジネスホテル。


また石廊崎に戻ってきたが、しばらく雨天のようだ。
今日は休み。

ジミヘンの命日。
ちょっと大きめのボリュームでジミヘンを聴く。
ストラト弾きたい。



2016年8月22日月曜日

六度目の手術

手術後ははっきり見えるようになるどころか、日に日に白く曇って見えにくくなっていった。

後発白内障。
白内障の手術を受けた後に白内障になるという、ふざけた病気。

前回の白内障手術では、曇ってしまった水晶体をきれいな人工水晶体に交換したわけだが、術後しばらくして水晶体を包んでいる膜が曇り始める、それが後発白内障。
一般に白内障は高齢者がなるものだが、新陳代謝の活発な若者が白内障手術を受けると、水晶体を包む膜で細胞が増殖して、後発白内障になりやすい(つまり僕は若い!)。

そんなわけで、六度目の手術。
手術といっても大げさなものではなく、レーザーで膜に穴を開けて曇りを飛ばすだけの、5分ほどの治療。
今までの手術のように眼球を直接傷つけるわけではないので、術後は特に制限もなく日常生活を送れる。

翌朝、曇りが取れて晴れ上がった。
曇りが取れたということは、白内障も後発白内障も治ったということだ。
でも改めて見てみると、視力自体がだいぶ落ちてしまったようで、はっきりとは見えない。

明らかに4月の手術以前の時の方が、よく見えていた。
4月の手術で歪みは改善された(完璧ではなくまだ少し歪んでいるが、さほど気にならない)。

白内障手術で遠くが見えるように設定したはずなのに、逆に遠くがぼやけて近くがよく見える。 
医者に聞いてみると、「白内障手術は焦点のバランスが重要で、手術にミスがあったわけではない、過去に硝子体手術を受けていること、そしてレーシック経験者であることを考慮すると、これで満点、以前のような視力は望めない」という。

左目は1.5あるので、ひどいガチャ目になってしまった。
でも治療はこれで終了、これからはこの見え方に慣れるしかない。

そもそも最初の網膜剥離が旅先で発症していたら、とっくに失明していたかもしれない。
時間と費用はかかったけど、時間と費用をかければ何とかなってしまうのだから、ここはやはり恵まれた国だ。
安全に自転車に乗れて、美しいものを美しく見ることができれば、それでヨシとする。



2016年8月13日土曜日

北海道出張

写真:

15年前に走ったオロロンライン。
多くの旅人がここを通って宗谷岬をめざす、日本一周のハイライトともいえる道。
あの時は家から1ヶ月以上かけて来たけど、今回は半日で到着。
海辺の巨大建築物群にへばりつく仕事でやってきた。

写真:

1年前の岩手の出張と同様、風車のメンテナンス。
風車のてっぺんからロープをたらして、ブレードの点検をしたり補修をしたりする。

そこからの眺めはまるで何かのアトラクション。
そそり立つ無数の風車、青い空、澄んだ風、広大な静寂。
こんな稀有な仕事をさせてもらうのは実に幸運。
写真のアップが禁止されているのが実に残念。

移動日を含めて9日間。
15年ぶりの北海道、何して遊ぼうかと旅気分を隠しきれなかったが、現実には仕事が大変すぎてほぼ何もできなかった。
朝6時にホテルを出て夜8時ぐらいに戻ってくると、もう寝るしかない。
それでも早く帰れた日もあり、徒歩で岬まで行ってしばし黄昏れた。

写真:

写真:

写真:

写真:

日中23~25℃、夜は20℃以下。
東京より10℃ぐらい低い。
でも仕事中はけっこう暑い。

食事はほぼコンビニだったが、15年前に食べたうに丼をもう一度食べずにはいられなかった。
写真:

うに丼2700円、刺身定食1300円。
出張手当もらうからへーき。
北海道のウニは甘みがあってとろける。
東京で食べるウニとはまったく別物、まさに絶品。

写真:

写真:

写真:

15年前は、ちょうどペルセウス座流星群の時期に宗谷岬に到着。
屋根のない草原で野宿し、降り注ぐ星を浴びながら寝たのを強烈におぼえている。
今回は出張の最終日、深夜0時から明け方にかけてが流星群の見ごろとのこと。
見たい、、、しかし、、、どうしようもなく眠い、、、
天気予報を見たらくもりマークになっていたので、あっさりあきらめて寝てしまった。

今日、暑い暑い東京に帰ってきました。
来月また行きます。



2016年7月26日火曜日

五度目の手術

前回の手術はそれ自体は成功したのだが、白内障になってしまった。
よくわからないが、硝子体手術を受けると、同時に白内障が発症してしまうケースがあるらしい。

網膜は眼球内部の奥底、カメラで例えるならフィルム。
前回までの硝子体手術は管を奥深くまで刺してフィルムを修復する緊張感の高いものだった。

白内障は眼球の比較的表面、カメラでいうレンズが白く濁ってしまう病気。
濁った水晶体を除去して人工の水晶体を注入する手術で、高齢になると多くの人が受ける一般性が高いもの。

ただし、僕は過去にレーシックを受けている。
レーシック経験者はレーザーによって角膜の形が変えられているので、人工レンズをつくる計算式が合わず、視力が完全に回復する保証はないらしい。

また、人間の眼は、自分の意志で遠くにピントを合わせたり近くにピントを合わせたりすることができるが、人工レンズはそれができない。
事前に遠くが見えるレンズか近くが見えるレンズかを選ぶ。

僕は迷わず遠くを選んだ。
メガネやコンタクトを使いたくないからレーシックを受けたわけだし、この年齢だとまもなく老眼が始まるから、どうせ近くのものは見えなくなる。
何よりも、世界の風景をはっきりと見たい。

そんなわけで今日、白内障手術を受けてきた。

日帰り入院。
朝9時に入院して、夕方5時に退院。
手術はわずか10分ほどで、それ以外の時間は休んでいていいという。

ちゃんとした個室とまともなベッドが与えられた。
ここぞとばかりに深い深い眠りに落ちた。
午後の手術の呼び出し時に看護婦さんに叩き起こされ、夕方の退院時にも看護婦さんに叩き起こされた。
まだ帰りたくないよ、ここに泊めておくれー。

まだ何も見えない。
今、右眼の視力は0.0000001ぐらい。
これから少しずつ見えるようになるらしい。

点眼薬と飲み薬をたくさんもらい、外出時は保護メガネ着用。
例によって洗髪洗顔は今後1週間禁止。
前回までは術後しばらくは充血しまくって涙がたくさん出てまぶしくてまともに眼を開けられなかったが、今回はまったく平気だ。 

休んだのは今日だけで、明日から仕事。



2016年6月27日月曜日

1万km

帰国して約1年5ヶ月、国内走行1万kmに到達した。





全然こぎ足りない。
早く大陸を走りたい。
こぎ倒してやりたい。













2016年4月29日金曜日

退院しました

予定より早い退院となりました。

シェアハウスのベッドより病院のベッドの方がはるかに快適だったのでもうしばらく入院していてもよかったです。
いつになくよく眠れました。

しかしまあ、ホントに見えましたよ、マジックハンド。
こんな風に見えました。


こればっかりは写真や動画でお見せすることは不可能、僕だけが見れた光景です。
眼球の外は見えていないのに中だけ見えるって不思議です。

断面図だとこんな感じかな。


1年前は3回手術しましたが、今回は1回ですみました。
検査の結果、膜はしっかり取れて、状態は良好のようです。

しかし、視界はまだ白くぼんやりとして、よく見えません。
手術による炎症で充血しています。
しばらくは1日4回の目薬、洗顔は禁止、仕事も自転車もまだダメ。
それでも1年前に比べたら回復は早そうな予感がします。

不運にもゴールデンウィークと重なってしまいました。
せっかくいい天気なのに、まあ出かけたとしてもどこも混んでるだろうし、家にいても狭っ苦しいし、退屈しそうだなー。



2016年4月25日月曜日

1週間ほど入院します

1年前の網膜剥離の後遺症がひどく、ずっと時空の歪みの中で生きていました。

網膜剥離はいったん完治したのですが、まもなく網膜の上に不要な膜ができてしまい、その膜のせいで直線のものが曲線に見える現象が起きていました。
黄斑前膜というそうです。

左眼はいたって正常なので遠近感もメチャクチャで、見えにくい右眼を補うため左眼ががんばりすぎてとても疲れます。
最初の頃に比べたらだいぶ慣れはしましたが、一生このままというのも耐えがたいし、 最近は時間的金銭的に余裕ができたことだし、これを機にちゃんと治そうと思います。

治療法は手術のみ。
また眼球に管を刺してグリグリグチャグチャしてもらいます。
見えるんですよ、眼球の中でウィンウィン動いているのが。

前回は膜をくっつける手術でしたが、今回は膜をはがす手術。
医師の説明によると、ミクロン単位のマジックハンドのような物を眼球内に突っ込んで、その膜をつかんで引っぱがすらしい。
眼球の中でマジックハンドが迫ってくる。
これは見もの。



2016年4月21日木曜日

パスポート

10年パスポートが切れた。


初めての海外旅行。
真新しい自転車と真新しい装備を積んでアラスカに飛んだのが10年前。
あれからいくつ国境を越えただろうか。



スタンプがにじんでいるのは、ブルネイ入国直後に防ぐ間もないほど突然のスコールの洗礼を受けて濡らしてしまったため。
パスポートを濡らしてしまったのはこの一回だけで、ふだんは雨天時はレインウエアを着たり防水バッグの中にしまっている。

カバーを付けていたせいか、10年酷使した割には表紙はきれいだ。
パスポートにカバーを付ける人種なんて日本人ぐらいかな。

ヘブライ語のスタンプがあると、イランやスーダンなど一部のイスラム国家への入国を拒否される。↓


なので旅行者の間ではイスラエル出入国は別紙スタンプが常識なのだが、あえて堂々とパスポートにスタンプしてもらったのも、ちょっとした自慢。
イランへは、パスポートをつくりなおしてから行けばいいじゃん。
ただし、現在は何も言わなくても自動的に別紙スタンプになるらしいので、パスポートに押されたこのイスラエルスタンプはなおさら貴重かもしれない。

スーダンへはイスラエルの前に行っといたのでセーフだったが、スーダン渡航歴があると今度はアメリカへのノービザ入国ができなくなるらしい。

↑左上に貼られたグリーンのシールは、ビザではなくレジストレーション。
スーダンのレジストレーションがどれだけ煩わしかったかは、こちらを参照。

世界旅行ではパスポートのページが足りなくなる。
たった1ヶ国だけで貴重な1ページがつぶされたり、延長手続きだけで貴重なスペースが埋まったり。


日本大使館に行けば、ページを増やしてもらえる。
パスポート増補についてはこちらを参照。

「自転車で国境を越えるって、どうなんですか?」
とよく聞かれるけど、どうもこうもない、ただ自転車で越えるだけです。
国境がどういうものなのか、参考に写真でも撮ってお見せできればおわかりいただけそうだが、残念ながら国境は撮影禁止。

要はスタンプさえもらえれば入国できるわけだが、国境もお国柄が出るもので、その状況やルールは千差万別。
多くの国は日本みたいにちゃんとしていない。
どこに並んで何をすればいいのか案内板もなくてわかりづらかったり、順番に並んでいても割り込まれたり、国境係員は理不尽で無礼者だったり、悪戦苦闘の末ようやくスタンプをもらえる。
とてもムダな労力だけど、それだけに今このパスポートを手にとってみると、感慨深い。

いろいろ思い出すなー。
早く旅したいなー。



2016年4月1日金曜日

ひと休み

4ヶ月で4099km。
おかげさまでガッポリ稼げました。
明日は56日ぶりの休日。
人間、メシ食って寝てりゃたいてい何とかなるもんだ。







































2016年3月5日土曜日

グレン・グールド病



小学生の頃から聴き続けて耳慣れているはずの音なのに、どうして今もこんなに。



昔と違うのは、今は簡単に動画が観れてしまうことだ。
アルバムの音源よりも、こうやって曲の解釈を語りながら即興的に弾く姿は、より生々しくリアルに迫ってくる。



そして、動画を観て改めて思ったのが、歌が上手いのだ!
やはりこの人は、ピアノと歌でワンセットなのだ。
アルバムのレコーディングでも、歌用のマイクを一本立ててもよかったんじゃないかな。







ピアノの上手さは間違いなく世界一だけど、グールドが伝えたかったのは自分の技巧ではなく、奇抜なスタイルをアピールしたかったわけでもない。
常軌を逸するほど個性的なのに、頭の中にあったのは自分のことではなく、あくまで作曲者のことで、ひとつの曲が持つ可能性をうんと広げることを自分の使命としていたのではないだろうか。